20年前に新潟市にあったお店の数々。思い出すと懐かしい昭和が蘇ってくる

「こんなお店があったな~」「たしかこの場所だったよな」というかすかな記憶をたどりつつ、昭和~平成初期の新潟市にお店を振り返りたいと思います。

アイワールド

ディスカウントストアという言葉で表現して良いと思われる、僕が一番最初に出会ったお店がここです。

たしか、

時計とか雑貨などが売られてて、

他にもホームセンター的な商品などが激安で売られていて、

ゲームコーナーもあったり。

色んなものが混ざったお店という印象で、当時の何でも屋的なポジションでした。

昭和時代には100円ショップなんて物が夢にも存在しない時代。

もし仮に、

「100円ショップを始めようと思うんだ」

なんて知人に言おうもんなら、

「そんな夢みたいなことが現実にできるわけないだろう(笑)」

と絶対にバカにされたと思います。

当時はプラスチックのゴミ箱1つ、タッパー1つ買うのに700円くらい出したような時代。子供があそぶゴムのボールでも500円でしたし。どちらも今は100円です。

それが当たり前の時代だったし子供だったので、それが高いとも思わず。

当時の雑貨屋さんやホームセンターとかは儲かって仕方なかったでしょうね。

アイワールドが何で無くなったのか今でも不思議です。

少し調べてみましたが、1975年に神奈川県で設立された会社が新潟にも出店していたということで。色々あったらしく今は消滅しています。

記憶が定かであれば、青山エリアの、今はしゃぶ葉やジョイフィットがある敷地の奥の方にあった気がするんです。

あともう1店舗、近江か新和の辺りにもあって、その中にたしか東華楼というお店が入ってて。店頭で売られてた豚まんを食べた気がします。

現在、近江のピアレマート新和店の前にある東華楼が同じお店なのかもしれません。

CASA

駅南のたぶん、今ドンキホーテがある辺りにCASA(カーサ)という大人っぽいファミレスがありました。あとは青山のイオンの向かい側の、レクサスがある角の辺りにもたしか。

ファミレスというものが今ほど当たり前の存在になる前、あんまり数が多くなかった気がします。

正直、CASAとロイヤルホスト以外に思い出せない・・・やっぱりそんなになかったと思います。

スカイラークとか? それはもっと後か。

こちらyoutubeにあったCASAのCMです。

屋台村

たしか1995年前後に、こんな名前のちょっと飲める屋台が集まった場所のような物がありました。

新潟駅南口を出てほどない場所だったと思います。

駅南にあったということと、一緒に行った友達数人の顔は浮かぶのですが、正確な位置や何を飲み食いしたのか、どんな雰囲気だったか、屋外だったのか、屋根ありだったのか等が全然思い出せないんですよね。

屋台村が存在した期間もあまり長くなかった気がします。

ふと今、もしかしたら駅前だったのかもという気がしてきました。いや、駅南であってると思うけどな・・・

べるっ子

今から20年くらい前まででしょうか。

今の若い方々は信じられないかもしれませんが、新潟市には当時路面電車が走ってたんです。

電鉄とか、ちんちん電車なんて呼んだりして。

白根の方から市役所前までを結んでいると記憶してたのですが、調べてみたら燕まで続いてたそうです。

そんなに長い区間走ってたとはびっくり。

イオン青山店の向かいに東関屋駅や東青山駅が新しくなったりもして。

イオン青山店の斜め向かい、地面が高くなっており木々に囲まれ、サイクリングロードが走ってる部分です。あそこに駅のホームがあったんですよ。今も階段が残ってますね。

ここから市役所前まで続きます。

Googleマップを見ながら順路を辿ってみたのですが、関新ガード下の辺りで越後線と立体交差してた事になりますね。

ここの分岐で、がんセンター方面・白山浦方面のどちらを通ってたか記憶が定かでないのですが、たぶん白山浦方面だったと思います。

前置きが長くなりましたが、市役所前にあった、たしか白山前駅という名前で、小さいながらも駅舎があったんですよ。

で、その中に「べるっ子」という飲食店があったんです。気のいいおばちゃん2人くらいで運営していたっぽいんですけどね。

僕が高校生のときにここに来て、焼きそばを食べたのを覚えてます。周りのお客さんを見ると、焼きそばにミートソースかカレーみたいのがかかった、より美味しそうなのを食べてる人が多くて。

「あれ何ですか」とおばちゃんに聞いたら、「焼きそばミートだよ。こっちの方が人気だよ」と教えてくれました。

値段もそんなに差がなく、「僕もそれが良かったな。最初に教えてもらえたら・・・」と思ったのを今でも覚えてます。

ちなみに、電鉄の始点~終点までの乗車風景が撮影されたyoutubeを見つけました。

おもだかや

ラーメン屋のおもだかやです。

今も女池店、竹尾店、新津店があるのですが、当時は店舗数が多く8~10店舗くらいあったかと。新潟市のチェーン店のラーメン屋の中でおそらく最大勢力だったと思います。

鳥屋野に焼肉店もあったと記憶しているのですが、ずいぶん前のことなので定かではありません。

「支那そば」という呼び名のいわゆるあっさり系ラーメンのみを提供するお店です。

今の若い方は信じられないかもしれませんが、25年くらい前はラーメンと言えばみんなあっさり系だったんですよ。その中にきんしゃいのような本当のとんこつラーメンがたまにあったりするくらいで。

当時はラーメンのスープといえば鶏ガラが多かったんじゃないですかね。

そもそも、ラーメンが食べられるお店は今で言う町中華のお店ばっかりだったと思います。だいたいで前もやってて。

出前するのも店主であることが多いので、来たと思ったらバタバタと置いてお会計して、ヘルメットも半かぶりのまますぐ行っちゃう感じで、どのお店のマスターもみんな超忙しそうでしたよ。

そんな中にラーメンのみを提供するお店が増えてきて、いつの間にか背脂が入ったラーメンを出すお店が登場し、Wスープとか出て来て・・・今にいたるみたいな。

ゲーセンの数々

昭和や平成初期にはいわゆるゲーセンが多数ありました。

タイトー、SEGA、ロングラン、101その他、風景は名前を覚えていないお店の数々。

かつて、新潟市には多数のゲームセンターがありました。

当時、中学生の時はゲームセンターに子供だけで行くと先生に怒られたり。

かと言って親と一緒に行くなんてしませんし・・・。

僕らにとって楽しいビデオゲームやメダルゲームがたくさんあるアングラな楽園のようなイメージの場所だったんですよね。

そこで近くの別の中学の人とちょっと友達になったり。ため口で話してたら実は相手が年上である事が判明して気まずくなったり。

今も続いてるゲームセンターはありますが、消えてしまったお店と何が違うのかよくわかりません。大きさや品ぞろえなど、あまり違いはないように感じるのですが。不思議です。

最近のゲームセンターは単独店舗もありますが、ショッピングモールの中に入ってる、もしくは併設されているお店が多い気がします。

まとめ

新潟市にあった懐かしいものを幾つかまとめてみました。

僕の記憶違いの部分もあるかもしれませんが、だいたい今回ご紹介した感じだと思います。

振り返ってみると、新潟市もそれなりに姿を変えて来てるんですね。レインボータワーも無くなりましたし。ずっと新潟市にいっぱなし気づきにくいもんですね。

電鉄の部分だけ長くなってしまいましたが、これでもだいぶ削りました。そのうち電鉄の話を単独でまとめたいと思います。

きっと現在35歳以上の方には懐かしいと思っていただけたと思います。

「こんなのもあったよ!」というのがあったらぜひ教えてください。