20年前に新潟市にあったお店の数々。思い出すと懐かしい昭和が蘇ってくる

2020-07-30

「こんなお店があったな~」「たしかこの場所だったよな」というかすかな記憶をたどりつつ、昭和~平成初期の新潟市にお店を振り返りたいと思います。

アイワールド

ディスカウントストアという言葉で表現するにふさわしい、僕が人生で一番最初に出会ったお店がここ、アイワールドです。

たしか、

 時計とか雑貨などが売られてて、

 他にもホームセンター的な商品などが激安で売られていて、

 ゲームコーナーもあったり。

色んなものが混ざったお店という印象で、当時の何でも屋的なポジションでした。

昭和時代には100円ショップなんて物が夢にも存在しない時代。

もし仮に、

「100円ショップを始めようと思うんだ」

なんて知人に言おうもんなら、

「そんな夢みたいなことが現実にできるわけないだろう(笑)」

と絶対にバカにされたに違いありません。

当時はプラスチックのゴミ箱1つ、タッパー1つ買うのに700円くらい出したような時代。子供がただ投げて遊ぶような単純な最低限のゴムのボールでも500円でしたし。どちらも今は100円で買えます。

それが当たり前の時代だったし子供だったので、それが高いとも思わず。そういうもんなんだな~くらいにしか思ってませんでした。

当時の雑貨屋さんやホームセンターとかは儲かって仕方なかったでしょうね。

それにしても、アイワールドが何で無くなったのか今でも不思議です。

少し調べてみましたが、1975年に神奈川県で設立された会社が新潟にも出店していたということだったようです。色々あったらしく今は消滅しています。

記憶が定かであれば、青山エリアの、今はしゃぶ葉やジョイフィットがある敷地の奥の方にあった気がするんです。

そのあとに、ちょっと豪華なゲームセンターのような後楽園が出来て。

あともう1店舗、近江か新和の辺りにもあって、その中にたしか東華楼というお店が入ってて。店頭で売られてた豚まんを食べた気がします。

現在、近江のピアレマート新和店の前にある東華楼が同じお店なのかもしれません。

CASA

駅南のたぶん、今ドンキホーテがある辺りにCASA(カーサ)という大人っぽいファミレスがありました。あとは青山のイオンの向かい側の、レクサスがある角の辺りにもたしか。

ファミレスというものが今ほど当たり前の存在になる前。当時はあんまり数が多くなかった気がします。

正直、記憶の糸をどれだけたぐり寄せたところで、CASAとロイヤルホスト以外に思い出せません・・・やっぱりそんなになかったと思います。

スカイラークとか? それはもうちょっと後かなあ。よく覚えてないけど。

あ、青山パルクとかチーズドールもそうなのかな?

ファミレスとはまたちょっと違うような。レストランと呼ぶべきなのかも。

ちなみにこちらがyoutubeにあったCASAのCMです。

屋台村

たしか1995年前後に、こんな名前のちょっと飲める屋台が集まった場所のような物がありました。

新潟駅南口を出てほどない場所だったと思います。

駅南にあったということと、一緒に行った友達数人の顔は浮かぶのですが、正確な位置や何を飲み食いしたのか、どんな雰囲気だったか、屋外だったのか、屋根ありだったのか等が全然思い出せないんですよね。

屋台村が存在した期間もあまり長くなかった気がします。

ふと今、もしかしたら駅前だったのかもという気がしてきました。いや、駅南であってると思うけどな・・・

べるっ子

今から20年くらい前まででしょうか。

今の若い方々は信じられないかもしれませんが、新潟市には当時路面電車が走ってたんです。

電鉄とか、ちんちん電車なんて呼んだりして。

白根の方から市役所前までを結んでいると記憶してたのですが・・・気になって調べてみたら、なんと燕まで続いてたそうです。

そんなに長い区間走ってたとはびっくり。

実際に道路上を走るのは市役所前から東関屋駅の区間のみだったと思います。たぶん、今の地域生活支援センターがある辺りに、東関屋駅があったとと思うのですが。この辺、記憶が曖昧です。

イオン青山店の斜め向かいに階段を登った高台にキレイな東青山駅があったりして。

今でも地面が高くなっており木々に囲まれ、サイクリングロードが通ってる部分です。あそこに駅のホームがあったんですよ。今も階段だけ残ってます。

ここから市役所前まで続きます。

Googleマップを見ながら順路を辿ってみたのですが、関新ガード下の辺りで越後線と立体交差してた事になりますね。

ここのY字路で分岐しますが、がんセンター方面・白山浦方面のどちらを路面電車が走ってたか記憶が定かでないのですが、たぶん白山浦方面だったと思います。

すっかり話が路面電車の方にシフトしていしまいましたが、べるっ子です。

市役所前にあった、たしか白山前駅という名前で、小さいながらも駅ビルみたいなのがあったんですよ。

たぶん、今の噴水がある辺りにあったと思うんです。白山神社社務所からダイアパレス市役所前の方向にある三角のエリア。

ここに、駅ビルと呼ぶには心もとない、茶色い古い建物があったと思うんですよ。

で、その中に「べるっ子」という飲食店があったんです。気のいいおばちゃん2人くらいで運営してた記憶が。

僕が高校生のときにここに来て、焼きそばを食べたのを覚えてます。周りのお客さんを見ると、焼きそばの上にミートソースかカレーみたいのがかかった、より美味しそうなのを食べてる人が多かったんです。

「あれは何ですか」とお店のおばちゃんに聞いたら、「焼きそばミートだよ。こっちの方が人気だよ」と教えてくれました。

値段も50円か100円くらいしか差がなくて。

「そんなメニューがあるの知ってたらそれにしたのに・・・」と思ったのを今でも覚えてます。

そんなこんな、当時を思い浮かべながら、色んな言葉でネットを検索してたらなんと、電鉄の始点~終点までの乗車風景が撮影されたyoutubeを見つけました!

エモいにも程がある!

だいたい1985年くらい以前に生まれた人には、この映像は染みると思います。

とっても懐かしい、街並みが昭和の香りいっぱいです。

バブル崩壊直後くらいにタイムスリップしたような気分が味わえる。

このyoutube再生しながらGoogleマップストリートビューでたどると比較できて楽しいです。ずっと観てられる(笑)

おもだかや

これまた懐かしい、ラーメン屋のおもだかやです。

「支那そば」という呼び名のいわゆるあっさり系ラーメンのみを提供するお店です。

今もありますけどね。

  • 女池店
  • 竹尾店
  • 新津店

とありますが、当時は店舗数が多く8~10店舗くらいあったと思います。新潟市のチェーン店のラーメン屋の中でおそらく最大勢力だったと思います。

鳥屋野に焼肉店もあったと記憶しているのですが、ずいぶん前のことなので定かではありません。

今の若い方は信じられないかもしれませんが、25年くらい前はラーメンと言えばみんなあっさり系だったんですよ。その中にきんしゃいのような本当のとんこつラーメンがたまにあったりするくらいで。

当時はラーメンのスープといえば鶏ガラが多かったんじゃないですかね。

そもそも、ラーメンが食べられるお店は今で言う町中華みたいなお店ばっかりでした。だいたい出前もやってて。

出前するのも店主であることが多いので超多忙で。

来たと思ったらバタバタと置いてお会計して、ヘルメットも半かぶりのまますぐ行っちゃう感じで、どのお店のマスターもみんな超忙しそうでしたよ。

そんな中にラーメンのみを提供するお店が増えてきて、いつの間にか背脂が入ったラーメンを出すお店が登場し、Wスープとか出て来て・・・今に至る、みたいな。

ゲーセンの数々

昭和や平成初期にはいわゆるゲーセンが多数ありました。

タイトー、SEGA、ロングラン、101その他、名前を覚えていないお店の数々。

かつて、新潟市には多数のゲームセンターがありました。

当時、中学生の時はゲームセンターに子供だけで行くと先生に怒られたり。

かと言って親と一緒に行くなんてしませんし・・・。

僕らにとって楽しいビデオゲームやメダルゲームがたくさんあるアングラな楽園のようなイメージの場所だったんですよね。

そこで近くの別の中学の人とちょっと友達になったり。ため口で話してたら実は相手が年上である事が判明して気まずくなったり。

今も続いてるゲームセンターはありますが、生き残りの要因など、消えてしまったお店と何が違ったのかよくわかりません。大きさや品ぞろえなど、あまり違いはないように感じるのですが。不思議です。

最近のゲームセンターは単独店舗もありますが、ショッピングモールの中に入ってる、もしくは併設されているお店が多い気がしますね。カプコサーカスとか。

まとめ

新潟市にあった懐かしいものを幾つかまとめてみました。

僕の記憶違いの部分もあるかもしれませんが、だいたい今回ご紹介した感じで合ってるはずです。

振り返ってみると、新潟市もそれなりに姿を変えて来てるんですね。レインボータワーも無くなりましたし。ずっと新潟市に居ると気づきにくいもんですね。

電鉄の部分だけ長くなってしまいましたが、感情移入しちゃって最初は長々書き連ね、これでもだいぶ削りました。そのうち電鉄の話を単独でまとめるかもしれません。

きっと1985年くらい以前に生まれた方には懐かしいと思っていただけたと思います。